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東京地方裁判所 昭和60年(ワ)14044号 判決 1988年1月20日

原告(反訴被告)

甲野一郎

原告(反訴被告)

甲山二郎

被告(反訴原告)

乙川花子こと乙川松子

右訴訟代理人弁護士

畠山正誠

主文

一  原告(反訴被告)甲野一郎及び同甲山二郎らは被告(反訴原告)乙川松子に対し、連帯して、金六〇万円及びこれに対する右甲山二郎については昭和六一年六月二九日から、右甲野一郎については同年七月二日から支払ずみに至るまで年五分の割合による金員を支払え。

二  訴訟費用は、本訴及び反訴を通じて、原告(反訴被告)甲野一郎及び甲山二郎の負担とする。

三  原告(反訴被告)甲野一郎及び同甲山二郎の請求はいずれも棄却する。

四  原告(反訴被告)甲野一郎の中間確認の訴を却下する。

五  この判決は、主文第一項及び第二項に限り、仮に執行することができる。

事実

第一  当事者の求めた裁判

(本訴請求)

一  本訴請求の趣旨

1 被告(反訴原告)乙川松子(以下被告という。)は原告(反訴被告)甲野一郎及び同甲山二郎(以下原告甲野、原告甲山という。)に対し、それぞれ金三〇万円及び昭和六一年一月一二日から支払ずみに至るまで年六分の割合による金員を支払え。

2 被告は、原告甲野及び同甲山に対して、「年輪の会」(以下本会という。)における除名処分を撤回するとともに謝罪せよ。

3 訴訟費用は被告の負担とする。

4 仮執行宣言

二  本訴請求の趣旨に対する答弁

1 原告らの請求を棄却する。

2 訴訟費用は原告らの負担とする。

(反訴請求)

一  反訴請求の趣旨

1 主文一及び二と同旨

2 仮執行宣言

二  反訴請求の趣旨に対する答弁

1 被告の請求を棄却する。

2 訴訟費用は被告の負担とする。

(原告甲野の中間確認の訴の趣旨及び理由)

別紙中間確認判決の反訴状(再反訴状)記載のとおりである。

第二  当事者の主張

(本訴)

一  本訴請求原因

1 原告らは、それぞれ、昭和六〇年七月下旬ころ、被告が当時の新聞紙上において高齢者の相互扶助と親睦を目的とする本会の結成・参加を呼びかけたのに対し、参加を申し出て、同年八月一一日の発会式に参加し会員となつた。

2 被告は、右発会式において本会の代表者に選任されたが、昭和六〇年八月二六日ころ、同会の代表者として、原告らそれぞれに対し、正当な理由もないのに原告らを除名する旨通知し、原告らの名誉を毀損した。

3 原告らは、それぞれ、被告の右行為により金三〇万円相当の精神的損害を被つた。

よつて、原告らは被告に対し、それぞれ、名誉毀損による損害賠償請求権に基づく金三〇万円及びこれに対する昭和六一年一月一二日から支払ずみに至るまで年六分の割合による遅延損害金の支払を求めるとともに、名誉毀損による不法行為原状回復請求権に基づき、被告の原告らに対する除名処分の撤回及び謝罪を求めるものである。

二  本訴請求原因に対する認否

1 請求原因1の事実は認める。

2 同2の事実のうち、被告が本会の代表者に選任された点及び原告らに対し除名の通知をした点は認める。

3 同3の事実は否認する。

三  被告の抗弁

1 原告らは、本会の発会式において、参加者に不快感を与える会の禁止する行為をなしたので、高齢者の相互扶助と親睦を目的とする本会の趣旨に相応しくない人物として除名されたものである。したがつて、その除名には正当な理由がある。

(一) 原告甲野の除名事由

(1) 原告甲野は司会者の立場を利用して、参加者に対し、「歌の好きな人は自分のサークルに来て下さい」と自分が主宰するコーラス・サークルへの勧誘を行つた。

(2) 原告甲野は、休憩時間中に二、三曲歌うことが予定されていたのみにもかかわらず、二五分間の休憩時間を一五分も超過して四〇分間にわたり一人でアコーディオンを演奏し、歌を歌い、奇術を演じて、司会者の任務に反して本会の進行を妨げるとともに、参加者間の歓談さえ妨げた。

(3) さらに、原告甲野は、右発会式終了後、被告に対し、右演奏等について謝礼金を要求した。

(4) 原告甲野はこのように、本会を自己の主宰するサークルの宣伝に利用し、金銭を要求し、他参加者の迷惑を考えない勝手な行動をした。

(二) 原告甲山の除名事由

(1) 原告甲山は、会計係を引き受けながら、その責任を放棄していた。

(2) 原告甲山は、独断で他の参加者に対し、被告を代表者に指名するよう事前工作をした。

(3) 原告甲山は、発会式後の酒席を企画し事前に「養老の滝」中野店に予約をしたが、被告が「発会式当日の酒席は参加者に不真面目な印象を与えるのでやめてほしい」旨の要請をしたところ、これを了解して一旦予約取消しと酒席勧誘の中止を約束したにもかかわらず、約束を破つて発会式当日壇上に上つて酒席勧誘を行つた。

(4) 原告甲山はこのように、分担した任務を放棄して勝手に酒席の勧誘をし、独断で代表選出の工作をし、参加者に本会が不明朗かつ、不真面目であるとの印象を与えた。

四  抗弁に対する原告らの認否

抗弁事実を否認する。

(反訴)

一  反訴請求原因

1 被告は本会の代表者として、前記本訴三被告の抗弁に記載のとおり、原告らを正当な事由に基づいて除名した。

2 ところが、原告らは、共謀の上、被告を訴えることによつて被告を困惑させ、嫌がらせを加え、またこれによつて被告より金銭を取得しようという目的(以下加害の意思という。)をもつて、昭和五九年九月三日本訴を提起し、追行している。仮に、原告らに加害の意思が認められないとしても、本訴提起には重大な過失がある。

3 被告は、裁判に慣れない六四歳の婦人であり原告らによる右訴えによつておどろかされ、かつ不快にさせられまたその応訴の準備のために多大の時間を要した。その精神的損害は、金六〇万円を下らない。

よつて、被告は原告に対し、連帯して、共同不法行為に基づき、損害金六〇万円及びこれに対する昭和六一年六月二九日から支払ずみに至るまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金を支払うことを求める。

二  反訴請求原因に対する認否

1 請求原因1の事実は、原告らが除名処分を受けたことは認めるが、その余の事実は否認する。

2 同2の事実は、昭和五九年九月三日本訴を提訴した事実は認めるが、その余の事実は否認する。

3 同3の事実は否認する。

第三  証拠<省略>

理由

第一本訴について

一請求原因1の事実は、当事者間に争いがない。

また、被告が本会の代表者に選任されたこと及び被告が原告らに対し除名の通知をした点については当事者間に争いがない。

二そこで、原告らの除名につき正当事由があるか否かにつき検討する。

1  <証拠>によれば、次の事実を認めることができる。

(一) 本会は、還暦を過ぎた高齢者らがお互に共通した趣味などを介して助け合う活動をしようという、相互扶助と親睦を目的とする集りで、被告が昭和六〇年七月二五日付朝日新聞マリオン欄で高齢であることと右趣旨に賛同するという広い範囲に一般に呼びかけて結成されたもので、この会では従来の「飲んだり、食つたり、踊つたり」の老人クラブとは異なり、会員が老後の生活をいかに有意義に過ごすにはどのようにすればよいかとの観点から、その運営が期待されていたこと、また、本会への加入は申込その他の形式を要せず、発会式に参加すれば会員となり、会員には会費の負担はない集りとされているが、ただ、本会の以上のような結成趣旨から、参加者が本会を政治的、宗教的活動の場として利用したり、私利私欲のために利用したりすることを禁じ、また、無責任な言動によつて他会員に迷惑をかけ会の秩序を乱すことを禁じ、これらに違反する会員については除名する旨の定めがあること、本会は昭和六〇年七月二五日に被告の呼びかけで第一回準備会が開かれ、準備会では発会式の式次第、その進行に対する担当者が定められ、同年八月一一日午後一時中野区勤労福祉会館において参集者五七名で発会式を開催したこと、その会の冒頭において、被告は参集者に対し本会の前記趣旨及び禁止行為についての説明がなされ、参集者全員によつてこれが承認されたこと、

(二) 原告甲野は、前記第一回の準備会に出席し、自ら本会の発会式における司会をかつてでたが、右発会式において、その司会の立場を利用して、参集者に対し、「私のコーラスサークルにもきて下さい。」とマイクで呼びかけ、参集者の一部に自己の名刺とパンフレットを配つて、右サークルへの加入を勧誘したり、また、司会者として会の進行に支障のないようにすべき立場にあるのに、自ら希望して休憩時間中に限り二、三曲歌うことを、被告から了解されているのを利用して、二五分間の休憩時間を一五分超過し、約四〇分間にわたり、自らアコーディオンを演奏したり、歌を歌つたり、奇術を演じたりして、予定された会の進行を妨げるとともに、会としては休憩時間に参加者間の相互の歓談を期待していたのを妨げ、この独善的強引な振舞によつて、参加者に著しい不快感を与えたこと、

また、原告甲野は、被告が司会の労をねぎらうため同日午後九時頃、電話をかけた際、被告に対し、「自分はレクリエーション指導員としてアコーデオン演奏を依頼された場合には謝礼を貰つているので、せめて、今日は交通費ぐらいは出して欲しい、今後自分のニーズが満足されないようだつたら退会も考えている。」といつて、自分が強引に被告に要求して行つた演奏等につき報酬を要求したこと、

(三) 原告甲山は、本会の前記第一回準備会に出席して、自ら会計係をかつてでたのに、本会の前記発会式においてはその責任を放棄して席に落ち着かず、あちこちと移動し、その間、初対面の丙谷三郎に対し「自分が代表は誰がよいかと皆に聞くから、あなたが直ぐに手を挙げてくれ。そうすれば、私が指名するから、被告がよいといつて貰いたい。」旨の申込みをして、代表者選出の事前工作をし、また、原告甲山はかねて、発会式において出席者を酒席に勧誘しようと考えて「養老の滝」中野店をその場所として予約していたが、これを知つた被告から、参加者に不真面目な印象を与えるから止めて欲しい旨の制止を受けて、これを了解していたのにかかわらず、式場の壇上において参加者に対し酒席への勧誘を行うなど不真面目な振舞によつて、参加者に本会が不真面目な会であるとの印象を与え、これら参加者の多くから、被告に対し原告甲山の行為に対する批判が相次いだこと、

(四) そこで、被告は原告甲野及び同甲山の右行為につき他会員の多くの意見を聴取したところ、原告らの行為は本会の禁止規定に違反し、会の秩序を乱す好ましくないものであるので退会すべきとの意見がでたところから、原告らに対し、前記認定のとおり今後は本会に出席しないよう申入れたこと、

右認定に抵触する原告ら本人の各供述部分は前掲各証拠に照らして措信できず、他に右認定を覆えすに足りる証拠はない。

2  ところで、右事実によると、本会は、その加入も脱退も極めて自由で、しかも、会員については会費の負担も、特別な拘束もない全く自由な親睦団体であり、それ故に、その運営は各会員の常識に基づく自制の下にはじめて正常化するものであるが、原告らの前記各行為は、本会の正常な運営を障害するものとして本会で定め原告らも発会式で承認した禁止に違反するもので、原告ら自らあえて行つたものであるから、被告が原告らに対し右行為を理由としてなした除名は正当なものということができる。

三したがつて、原告らの被告に対する本訴請求は、その余の点につき判断するまでもなく理由がない。

第二反訴請求原因について

一反訴請求原因1記載の事実は、前記第一本訴請求について認定したとおりであり、これによると被告の原告らに対する本会からの除名行為は正当な理由に基づくものであり、適法なものである。

二そこで反訴請求原因2の事実につき考える。

1  原告らが被告に対し昭和五七年九月二日本訴を当裁判所に提起したことは当裁判所に顕著な事実である。

2  ところで、民事訴訟の提起は、私人に認められた訴権の行使であり、その限りでは適法な権利行使として不法行為を構成するものではないが、その意図するところが、右権利行使に名をかりて相手方に与える不安を利用して不当な利益を得ようとする場合とか、そのような意図がなくとも、実体上の権利が存在しないことを知り、または、知らなくとも、その不存在を相当の注意をもつてすれば知りえたのにこれを怠り、相手方を已むなく応訴に追い込んだときには、違法なものとして、相手方に対し不法行為に基づく損害賠償責任を負うと解するのが相当である。

3  以下、かかる観点から検討する。

(一) <証拠>によると、次の事実を認めることができる。

(1) 原告甲野は本訴を提起するにさきだつて、本会の会員に対し電話で、「自分は訴訟にくわしいので訴えられたくなければ金銭賠償につき話合いで解決してよい。これを被告に伝えるように」伝言し、被告がこれに応じないため本訴を提起したこと、

(2) 原告甲野は既に、東京及び横浜地方裁判所、相模原簡易裁判所に数十件の損害賠償請求訴訟を提起しており、当法廷においても、相手が裁判官であろうが、誰であろうが自分が権利を侵害されたと思えば、訴訟を提起する旨うそぶいており、現に、本件訴訟の被告代理人弁護士畠山正誠に対しても、本件訴訟の訴訟活動が違法であるとして中野簡易裁判所に損害賠償請求を提起する外、被告に対しても、同じように本訴訟以外に二件の損害賠償請求訴訟を中野簡易裁判所に提起していること、

(3) 原告甲野は当法廷において、真に審理を受ける態度を示さず、気にくわないと裁判所の訴訟指揮を無視して大声で暴言をはき傍若不尽の態度で審理を妨害し、裁判所より数回の退廷命令を受け、また、当裁判所における昭和六二年四月二二日(第八回口頭弁論期日)の証人丁井四郎の証言終了後、法廷において同人に対し「損害賠償訴訟を提起する構えでいるので覚悟願いたい。」との脅迫をなしたこと、

(4) 被告甲山は、被告甲野と共に被告に対し本訴を提起し、その後の審理についても行動を共にしていること右認定に反する証拠はない。

(二) 右事実に前記第一の二の認定事実を照らし合わせると、原告甲野は被告に対し訴訟を利用し、訴訟に不馴れな被告に不安を与えることによつて不当な利益を得ようとの目的で本訴を提起したものということができ、違法といわざるをえず、また、被告甲山についても原告と行動を共にしているところからみると右意図が推測されるが、仮にかかる意図が認められないとしても、被告に対する本訴請求が、実体上の損害賠償請求権の発生する余地のないことを通常の注意をもつてすれば知りえたのにこれを怠り、原告甲野と共に本件訴訟提起に踏切つたことは、違法といわざるをえない。

三次に、反訴請求原因3の事実につき検討するに、被告本人尋問の結果(第一、二回)及び前記2の認定事実によると、被告は六四才の婦人であり、原告らの理不尽な本件訴訟の提起により、これに対応するために弁護士を選任し、また、その準備に多くの時間をついやし、それにもまして、訴訟とは全く無縁の被告が本件訴訟の提起によつて受けた精神的苦痛は極めて大きいことを認めることができ、これら諸般の事情を考慮すると、原告らが被告に対し負担すべき慰謝料額としては金六〇万円を下らないと判断することができる。

四してみると、被告の原告らに対する反訴請求は理由がある。

第三原告甲野の中間確認の訴に対する判断

原告甲野の右申立は、確認の相手が被告に対するものではなく、被告代理人及び当裁判所の裁判官を相手とするものであり、民訴法二三四条所定の要件を備えていないから、却下するのが相当である。

第四結論

以上の事実によれば、本訴請求は理由がないからこれを棄却し、反訴請求は理由があるから認容し、また、原告甲野の中間確認の訴を却下し、訴訟費用の負担について民事訴訟法八九条、九三条一項本文を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官山口和男)

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